大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)1788号 決定

債権者

鈴木正夫

右代理人弁護士

財前昌和

宮地光子

長岡麻寿恵

豊島達哉

横山精一

青木佳史

越尾邦仁

債務者

新日本通信株式会社

右代表者代表取締役

田村洋

右代理人弁護士

池田俊

奥村正道

主文

一  債権(ママ)者が平成六年五月三一日付けで債務(ママ)者に対して行った自宅待機命令及び解雇予告の効力を停止する。

二  債務者は、債権者に対し、金七五万円及び平成六年一二月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月末日限り金五〇万円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

一  主文第一項と同旨

二  債務者は、債権者に対し、平成六年七月一日以降同年一一月三〇日まで、毎月末日限り金二四万六七二〇円を支払え。

三  債務者は、債権者に対し、平成六年一二月一日以降本案判決の確定に至るまで、毎月末日限り金五九万二七五二円を支払え。

第二事案の概要

一  前提となる事実(争いのない事実及び証拠上明らかな事実)

1  当事者

(1) 債務者は、昭和六二年四月に設立された、肩書地に本店を置く、電気通信事業、通信機器の販売及び施工・管理等を主たる事業とする資本金二〇〇〇万円の株式会社である。

(2) 債権者は、平成元年七月一一日、そのころ開設された債務者の仙台支店の正社員として債務者に採用され、以後仙台支店に勤務していた。

債権者は、仙台支店においては販売促進活動部門に配属され営業活動に従事していたが、平成元年一二月一六日、新設された本社直轄のプロジェクト・リサーチ部(以下「P・R部」という。)仙台分室に配置転換となり、平成五年四月二一日付けで本社P・R部に配置転換され、現在に至っている。

2  自宅待機命令及び解雇予告

債務者は、平成六年五月三一日、債権者に対し、退職勧告をしたうえで、自宅待機を命ずる辞令を交付したが、債権者が右のいずれにも応じない旨明言したので、さらに同日のうちに、右自宅待機命令(以下「本件自宅待機命令」という。)と併せて同年八月三一日をもって解雇する旨の解雇予告(以下「本件解雇予告」といい、本件自宅待機命令と併せて「本件解雇予告等」という。)を行った。

なお、債務者は、本件仮処分の審尋手続中に、債権者に対し、右の解雇予告期間を三か月延長する旨の意思表示を行った。

3  自宅待機命令及び解雇予告に至る経緯

(1) 債権者は、平成元年七月以降、仙台支店において勤務していたが、債務者には就業規則が存在せず労働条件が不明確であったことから、同年一〇月三日、仙台労働基準監督署に指導を求めたところ、仙台労働基準監督署は、同月四日、債務者の仙台支店に臨検に入り、就業規則の作成、労働基準法・労働安全衛生法に基づく改善点の指摘を行い、同月九日には債務者に対して是正勧告を行った。

(2) 債務者は、債権者に対し、平成元年一〇月九日付けで解雇通告をなした。

(3) 債権者は、弁護士を通じて右解雇通告を撤回するよう交渉を行ったところ、債務者は、平成元年一一月八日、右解雇の意思表示を撤回した。

(4) 債務者は、平成元年一二月一六日、仙台支店店舗内に本社直轄のP・R部仙台分室を開設し、債権者一人を同分室に配置転換したが、平成二年九月一日には仙台支店店舗とは別の場所に同分室の事務所を移転したため、債権者は、他の支店従業員から隔離されて、一人勤務の状態となった(なお、右分室は、同年一二月一八日にP・R部仙台事務所と改称された。)。

(5) 債務者は、平成五年四月二一日、P・R部仙台事務所を廃止し、債権者を本社に配置転換することにし、その旨債権者に命じた。

債権者は、右配転命令は無効でありこれには応じられない旨解答するとともに、弁護士を通じて債権者を仙台に戻すように債務者と交渉を重ねたが、債務者は、債権者に対し、大阪への赴任が嫌であれば退職してはどうかと具体的な退職条件を示した。

(6) 債権者は、平成五年八月二五日、家族を仙台に残したまま本社に単身赴任したが、本社への赴任後も、本社への配置命令の撤回、仙台への復帰を求めて債務者と交渉を重ねるとともに、残業手当ての支払・休日出勤に伴う代替休暇の付与を債務者に求めてきた。

(7) 債権者は、平成六年四月二八日、淀川労働基準監督署に対し、債務者の残業手当不払について申告した。

これに対し、淀川労働基準監督署は、平成六年六月八日、債務者に臨検に入り、同月一六日、債権者に対する時間外労働、休日労働についての賃金の一部不払等に対して是正勧告をした。

4  債務者は、毎月末日限り当月分の賃金を支給しているが、債権者の過去三か月間の賃金額は、平成六年三月分が金五一万三四四四円、同年四月分が金五一万四〇五四円、同年五月分が五二万〇三五九円であり、その平均金額は金五一万五九五二円である。

しかし、債務者は、本件自宅待機命令を根拠に、平成六年七月分以降、単身赴任手当、帰省手当、通勤費(帰省手当分)合計一六万九九二〇円の支払を停止するとともに、従前債務者において負担してきた家賃、共益費(合計七万六八〇〇円)の負担も拒否している。

二  主張

1  債権者

債権者の主張の概要は次のとおりであるが、その詳細は、地位保全仮処分申立書、平成六年八月八日付け及び同年一〇月二一日付け(二通)の各主張書面のとおりであるから、これを引用する。

債権者は、債務者に採用されたのちこれまでの間に、就業規則の不存在や残業手当ての不払等について債務者に改善を求め、労働基準監督署に申告をするなどしたため、債務者から解雇通知や相次ぐ配転命令を受けてきた。

本件解雇予告等は、債権者が労働者としての当たり前の権利を行使して、違法な配転の撤回や残業手当てを求め、また、労働組合を結成しようとしたことを嫌悪してなされたものであって、懲戒権及び解雇権を濫用してなされたものであり、また、不当労働行為でもあるから、無効である。

2  債務者

債務者の主要な主張は次のとおりであるが、その余の主張は、答弁書、平成六年六月二四日付け、七月一五日付け、同月二九日付け、一〇月二一日付け及び同月二八日付けの各主張書面のとおりであるから、これを引用する。

債権者は、平成五年四月二一日の本社転勤(着任は同年八月二五日)以来、P・R部担当としての業務を果たさぬままであり、再三上司から業務実施・成果報告を求められたにもかかわらず、一年以上にわたり何ら実質的な途中経過、業務成果を上司に報告しないばかりか、自ら上司に約束したレポート提出期限も守れない状況であった。そのため、債務者は、これを「業務能力、又は職務成績が著しく不良のとき」(就業規則二六条三号)に該当すると判断して、本件解雇予告等を行った。したがって、本件解雇予告等はいずれも有効である。

債務者が債権者の本社における就業状況が「業務能力、又は職務成績が著しく不良のとき」に該当すると判断した具体的事実は、次のとおりである(なお、これらの行為は、「他人に対し暴行、脅迫を加え、またはその業務を妨害したとき。」(就業規則八二条四号)、「職務上の指示命令に正当な理由なく従わないとき。」(同条五号)、「故意に業務の能率を阻害し、あるいは業務の遂行に非協力な行為があったとき、もしくはこれに類する行為を教唆したとき。」(同条一〇号)に該当し、本来懲戒解雇の対象となるべきであるが、罪一等減じて予告解雇としたものである。)。

(1) 債権者は、本社着任後本件解雇予告までの間に、前後二八回にわたり要請書類を作成して人事部に提出したが、これらの書類はいずれも就業時間中に正常な就業を放棄して作成提出したものである。

(2) 債権者は、役員に面談を求めた際や業務上の打合せの際に、(1)記載の要請書類のコピーを提出して執拗に要請を繰り返し、関係者の正常な業務の遂行を妨害した。

(3) 債務者の中野営業本部長兼P・R部長は、平成五年八月、債権者に対し、通信事業のマーケット・ボリュームに関する調査等を担当してほしい旨指示したが、債権者は、「今の名刺の肩書では仕事ができない。」「単身赴任の手当を上げてくれ。」などと専ら業務以外の要望を申し立てるだけで、担当部長が交替した同年一〇月一七日まで、まったく業務報告をせず、業務についての相談もしなかった。

(4) 中野営業本部長に代わって債権者の上司となった斎藤経営企画部長(以下「斎藤部長」という。)は、平成五年一〇月一八日、債権者に対し、ダイヤル・イン(以下「DI」という。)料金の値下げ実現のための理論構築とNTT、郵政省へのアプローチ方法の企画、立案を指示したが、債権者は、処遇改善の要請をするばかりで、指示したテーマについては具体的な相談、報告もないまま、一一月末には自分には難しすぎると申し出てきた。

(5) そのため、斎藤部長は、平成五年一一月末ころ、債権者に対し、今後は郵政省はじめ日本の行政の通信分野での方針、政策と具体的プロジェクト及び予算について調査してまとめるというテーマに取り組むよう指示した。

斎藤部長が平成六年三月中旬に債権者に仕事の進捗状況を確認したところ、債権者は、各省庁の予算が固まる三月下旬から四月上旬に東京に出張して資料を整え、四月一八日ないし二〇日に作成資料を提出する旨答えたが、右期限にもいかなる資料の提出もなく、同年五月末までまったく業務報告をせず、業務についての相談もしなかった。

三  争点

1  本件解雇予告等が懲戒権及び解雇権を濫用してなされたものであるか。

すなわち、債務者主張事実の存否及びそれが懲戒解雇事由ないしは「業務能力、又は職務成績が著しく不良のとき」に該当するか。

2  本件解雇予告等が不当労働行為にあたるか。

3  保全の必要性

第三判断

一  争点1について

1  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば次の事実が一応認められる。

(1) 債権者は、債務者に解雇されることを回避するために、やむなく本社への配転命令に従ったものの、債権者が本社着任後本件解雇予告までの間に前後二八回にわたり要請書類を作成して人事部に提出したほか、役員に面談を求めた際や業務上の打合せの際等に、役員等に対し、本社への配転命令の撤回や処遇の改善について、右要請書類のコピーを示して何度となく重ねて要望した。

右要請書類は、B5ないしはA4版の数枚程度のもので、その作成にはそれほど時間を要するものではなく、また、役員等に対する要望についても、着任当初には相当長時間に及ぶこともあったが、次第に回数も減り、時間も短くなった。

(2) 債務者は、設立後急ピッチで事業規模を拡大してきた比較的新しい会社で、当初各種内部規程や制度等が十分整備できていない面もあったため、債権者の申告により労働基準監督署から是正勧告を受けてこれを是正したほか、債権者の度重なる処遇改善要請をも考慮して、単身赴任者の一時帰省交通費、転勤に伴う赴任支度料、別居手当等の増額改定などを行ってきた。

(3) 債権者は、平成五年八月下旬の本社着任直後に、上司である中野本部長から、企業の独身寮におけるマーケット・ボリュームに関する調査等をするよう命じられたが、九月上旬までは仙台事務所での残務整理に費やし、その後は関係書類の入手にかかり調査の準備を進めてはいたが、その間、中野本部長に対して配転命令の撤回や処遇改善等については繰り返し要望するものの、業務の進捗状況等に関する具体的な報告はしなかったため、中野本部長との人間関係が極めて悪化し、同本部長からは仕事をやる気がないものと見られるようになった。

(4) 債権者は、平成五年一〇月一八日、同日付けで上司になった斎藤部長から、DI料金の値下げ実現のための理論構築とNTT、郵政省へのアプローチ方法の企画・立案という新しいテーマを与えられたが、右テーマは債務者にとって重要な課題の一つであるから、腰を据えて取り組むよう指示された。

そこで、債権者は、同年一一月四日から六日までと同月二四日から二七日までの間東京に出張し、電気通信政策総合研究所、NTT出版、通産省産業政策局、郵政省通信政策局、郵政省電気通信局その他の関係団体を訪問し、情報収集を行った。その他近畿地区一般第二種電気通信事業者協議会、近畿電気通産管理局、近畿通産局等へも情報収集に行き、また、関係図書を購入したりした。

(5) しかし、債権者は、斎藤部長に対しても、処遇改善の要望を種々主張するものの、自らすすんでは経過報告はせず、レポート等も提出しないまま推移し、一一月末ころには、このテーマはむずかしい、既に社長や斎藤部長等が活動されているので自分は出る幕がないという趣旨の発言をした。

そのため、斎藤部長は、債権者はこのテーマについてはやる気がないものと判断し、また、発想について柔軟さが要求されるこのテーマは債権者には馴染まないかもしれないと判断して、平成五年一二月上旬、債権者に対し、郵政省はじめ日本の行政の通信分野での方針、政策と具体的プロジェクト及び予算について調査しまとめるという新しいテーマを指示した。

(6) 債権者は、平成五年一二月一三日から一五日までの間に東京に出張し、各省庁の関係各部署を訪問し、情報を収集したほか、平成六年一月二五日から二八日までは東京、二月七日から一〇日までは仙台、二月二一日から二五日までは東京にそれぞれ出張し、関係箇所を訪問して情報収集を図り、三月初めころに斎藤部長から進捗状況を確認された際には入手した郵政省等の予算関係書類を見せて報告した。

そのころ、斎藤部長は、以前から債権者が英語ができると聞いていたことから、翻訳を要する英文レポートを債権者に手渡し、その翻訳を三日間でやるようにとの指示を与えた。

債権者は、持ちかえり検討してみたが、長らく英語から遠ざかっていることもあってとても自分の手には負えず、期限の猶予をもらって、アメリカ人の大学生に翻訳を依頼したり、知人に翻訳できる人の紹介を依頼したりしてみたものの、結局、翻訳することができなかった。

(7) 斎藤部長は、債権者から何ら具体的な報告等がなされないので、何時になったらレポートが提出できるのか今後のスケジュールを提出するよう求めたところ、債権者は、平成六年三月二四日、四月一八日から二〇日には作成資料を提出できる旨のスケジュールを提出したが、提出期限である四月二〇日になっても作成資料を提出せず、同月二二日に斎藤部長から完璧なものでなくともよいから中間報告をするように催促されたにもかかわらず、各省庁の資料の発表が遅れていること、予算の成立が遅れていることなどを理由に、その後本件解雇予告されるまでの間、まったく報告書を提出しなかった。

しかし、その間においても、債権者は、相変わらず斎藤部長に対しても種々の処遇改善要求を繰り返し、両者の間が険悪な雰囲気になったこともあった。

2  債務者は、債権者には懲戒解雇事由が存在する旨主張するので、まずこの点について検討する。

前記1の認定事実によれば、債権者が多数回にわたり要望書類を作成して提出し、また役員等に対してもかなり執拗に処遇改善を要求したことが認められるものの、それは業務の妨害や業務の能率の阻害を目的としたものではなく、その程度、態様において業務を妨害あるいは業務の能率を阻害したとまではいえず、現に業務が妨害されたりその能率が阻害されたことを端的に疎明する資料は存在しない。

したがって、右事実をもって、直ちに「他人に対し暴行、脅迫を加え、またはその業務を妨害したとき。」、「故意に業務の能率を阻害し、あるいは業務の遂行に非協力な行為があったとき、もしくはこれに類する行為を教唆したとき。」に該当するとはいえない。

また、債権者が結果的に業務命令に則した報告書をまったく提出していないとしても、本件全疎明資料によるも債権者が意識的に業務命令に不服従の態度を示したものと認めるには至らず、これをもって「職務上の指示命令に正当な理由なく従わないとき。」に該当するともいえない。

したがって、債権者に懲戒解雇事由が存在するとは認められない。

3  次に、債権者の本社における就業状況が、「業務能力、又は職務成績が著しく不良のとき」に該当するか否か検討する。

(1) 前記1の認定事実によれば、債権者は、本社着任後九か月にわたり、実質的な業務成果をあげておらず、上司に対する業務報告も求められるまでは行わず、他方その間、配転命令の撤回や自らの処遇改善に関する要望には熱心で、役員等が嫌悪感を抱くほど執拗に繰り返していたことが認められ、さらに、疎明資料によれば、債権者はかなり自己主張の強い性格であり、上司に対する処遇改善等の要望の際にも相手方を不愉快にさせる態様、態度に出たことがあることも一応認められ、これらの事情のもとでは、債務者が、債権者は処遇改善にのみ熱心で、仕事のほうはまったくやる気がないものとして「業務能力、又は職務成績が著しく不良のとき」に該当すると判断したこともやむを得ないと言えなくもない。

しかし、本件を検討するにあたっては、本社着任後の事情のみをとらえ、過去の経緯等をまったく無視することは相当でない。

なぜなら、本件疎明資料によれば、債権者は、〈1〉債務者の採用面接時には同社の採用基準年齢(三五歳)を超えていたが、債務者に能力と意欲を買われて採用されたものであること、〈2〉入社当初は営業マンとして仙台支店ではトップクラス(債務者全社では中程度)の成績を上げていたこと、〈3〉P・R部仙台事務所時代には積極的に仕事をし相応の業務成果を上げており、上司にもリサーチ業務に関する能力等が評価されていたことが一応認められ、これらの事実に照らせば、債権者が能力的に問題がある訳ではないことが認められ、また、前記認定事実を総合すれば、債権者が処遇改善に熱心なのは、自己主張の強い債権者の性格に由来する面のあることも否定しえないが、直接的には意に沿わない形で本社への配転を余儀なくされたことが原因であり、さらには従前の債務者の処遇が債権者をして自分が正当に評価されていないという思い込みを植えつけさせてしまっているせいとも考えられるからである。

(2) 本件解雇予告等に至る事実関係の大筋は前記第二の一の3に記載のとおりである。

平成元年の解雇通知は債権者が仙台労働基準監督署に申告した時期と時期的に符合するものであるから、それが右解雇通知の主たる原因の一つであると考えることには十分合理性があり、仮に、債務者が種々主張する解雇の原因事実が別に存在したとしても、それが解雇の正当理由にあたるか否かは疑問の余地もあるから、右解雇通知は相当でなく、その撤回は妥当な措置であったというべきである。

しかし、本件疎明資料によれば、右解雇通知撤回後の債務者の処理に手違いがあり、また、債務者が新興企業で仙台支店に人材が手薄であったことから、債権者を従前の職場に復帰させることができず、結局、支店の他の従業員から隔離する形で本社直轄の部署を新設して債権者一人を配置することとなったこと、債権者の所属するP・R部(仙台事務所を含む。)は、債権者一人のために新設され、また、債権者が自宅待機を命ぜられたのちには廃部されており、上司は形式上役員が同部の部長を兼務しており、部員は同部の存続中を通じて債権者一人のみで他にスタッフはいないこと、したがって、債権者は、仙台事務所時代も事実上の一人勤務であり、本社転勤後も慣れない生活環境の下で実質的な一人勤務を余儀なくされており、債務者内において完全に孤立化されていたことが一応認められる(したがって、仕事の効率が下がり、また、債権者にとって自己の業務が他の部門との有機的関連性の把握が困難となることが窺える。)。

また、本社への配置転換について、債務者は、人材の合理的活用上やむを得なかった旨主張するが、他に手段がまったくなかったかどうかは大いに疑問が残るばかりか(なお、債権者は採用時に仙台以外では勤務させない旨の合意があった旨主張するが、これを認めるに足る疎明はない。)、本件疎明資料によれば、債務者は、債権者が本社への転勤を拒否するであろうこと、拒否した場合には解雇という手段も用意していたこと、むしろこれを機会に債権者が退職してくれればそれに越したことはないと考えていたことが窺われる。

さらに、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債務者内には債権者よりも成績評価の芳しくない従業員のいることや、債務者の役員等は、債権者の勤務成績よりもむしろ執拗な処遇改善要求に辟易し、債権者に嫌悪の情を募らせていたことが窺えるのである。

(3) 右の事情の下では、債権者が疎外感を感じ、また自分が正当に評価されていないと感じたとしても無理からぬ面もあり、事の発端が債務者の不用意な(平成元年の)解雇通知及びその事後処理の不適切さに起因するのであるから、かかる事情をも斟酌するときは、本社着任後の債権者の就労状況は確かに極めて不十分といわざるを得ないものの、これをもって直ちに「業務能力、又は職務成績が著しく不良のとき」に該当するとまで認めるのは些か債権者に酷な感が拭えない。

したがって、これを理由とする自宅待機命令や解雇予告は許されない。

よって、争点2について判断するまでなく、本件解雇予告等はいずれも無効というべきである。

(なお、債務者は、債権者を特別視することなく自らの社員の一員として受け入れ、職場環境を整え、やり甲斐のある適切な仕事を与えるとともに、債権者においても処遇改善要求もさることながら、過去の経緯を忘れ、他の従業員とも協調し、自らの能力を最大限生かすべく、職務に精励するのが肝心であると考える。)

二  争点3(保全の必要性)について

1  本件自宅待機命令は本件解雇予告を前提とするものであり、本件解雇予告の予告期間が平成六年一一月三〇日をもって満了することは明らかであるから、健康保険の維持等のため、本件解雇予告等の効力を停止する必要性は認められる。

2  本件疎明資料によれば、債権者には仙台に妻(四一歳)、子供三名(高校二年、中学二年、小学六年)、義父母(七一歳、六七歳)の六人の家族がおり、主として債務者から得る賃金により、家族七人の生計を支えてきたことが一応認められる。

そうすると、債権者には賃金の仮払いの必要性があるところ、本件疎明資料及び審尋の全趣旨により認められる諸般の事情(債権者の家族構成、債権者の従前の賃金、債権者が単身赴任中であること、他の家族に年金やパート収入があること、債務者が住宅の家賃の支払を拒否していることその他)を斟酌すると、債権者の差し迫った生活の危険・不安を除くために必要な仮払金は、月五〇万円と認めるのが相当である(債権者は、月額五九万二七五二円の仮払いを求めるが、仮払いをすべき金額は、仮払いの性質上、当然に賃金等の全額に及ぶというものではなく、生計を維持するのに必要な金額に限られるというべきである。)。

なお、本案訴訟の第一審において勝訴すれば仮執行宣言を得ることによって仮払いを求めるのと同一の目的を達することができるから、金員の仮払いの終期は本案の第一審判決言渡しまでとすれば足り、これを超える期間の仮払いを求めるべき必要性はない。

また、平成六年七月から同年一一月までの分については、本件疎明資料及び審尋の全趣旨により認められる諸般の事情を斟酌すると、債権者の差し迫った生活の危険・不安を除くためには合計七五万円の仮払いを認めるのが相当である。

三  結論

以上の次第で、債権者の本件仮処分命令申立ては、主文掲記の限度で理由があるから、事案の性質上債権者に担保を立てさせないで、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないから、これを却下する。

(裁判官 村岡寛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例